当ページの内容は(BL的な)独自の解釈を多分に含みます。
平凡社ライブラリーの『古典BL小説集』に続いて、同レーベルの『ゲイ短編小説集』を暇を見て読んでいます。ネットを介して見つけた感想文を参考にしたなかでは、この「永遠の生命(いのち)」というお話がとくに気になっていました。途中まで収録順に読んでいたものの、後ろのほうに収録されていたこの作品がどうしても読みたくて、たまらず先に読むことにしました。
E・M・フォースター「永遠の生命」
The Life To Come by Edward Morgan Forster
奥地に布教にやってきた宣教師と、そこで部族の長(族長)を務める青年の話です。この本で唯一男性同士がまじわることを示唆する描写がある、ということが特徴的。ストーリー、作品の意義?としても重要な点なので、解説でも触れられています。
いちばん最初の節、「夜」に当たる部分がとても好きです。とくに冒頭の「愛が生まれた。森のどこかで。」という二文はあまりにも心に響いたので、何度か反芻したくらい。原文を探してみたら「Love had been born somewhere, in the forest, of what quality only the future could decide.(*1)」と冒頭の一文はなっていたんですが、一文をそのまま訳すことなく倒置法を効果的に使っていて、すばらしい掴みになっていると思います。翻訳者さんはやはりすごいです。
作者としては娯楽のためにかいた小説ではないと思いますし、それは理解しているんだけれど、そういった作者の意図や作品が訴えかけようとしていることを超えて、やっぱりBLとして見てしまう。今回はそういう作品が読みたくて探したものだったので余計にですが。最近はそういう小説を紹介してるサイトを参考にしつつ探して読んでます…… :)
じっさい本旨となるのは、異文化との交流・衝突、文明に侵される部族、キリスト教における同性愛、そういったことだろうと思います。「夜」が終わってしまえば、新たに入ってきた文明、身勝手な人たち、そして宣教師に対する愛に翻弄される族長の姿があって、苦しく哀しい気持ちになりますが、そういった側面も含めて読ませる小説でした。
ラストはいわゆるメリーバッドエンド?でしょうか(最近意味合いをようやく知った)。いや、もしかしたら宣教師さん側は幸せではないかもしれない。時代性も相まってか、昔のゲイ小説やBLっぽい作品は破滅的な終わり方をするものがしばしばで、幸せになる作品は非常に少ない印象があります。
好きだった!という部分についてはこのようにある程度書けたのですが、キリスト教と同性愛等々についてふかく考えるとまとまりがなくなるので、ひとまずこのあたりで終わりにします;
ちょっとらくがき。イメージでざっと描いたファンアート。読み終えて数日ははまってしまって、場面を思い起こしたりしていました😌 そのときに描いたものです。
| 宣教師と族長 |
宣教師が教えを説くのに対して、「もっと聞かせてほしい」と繰り返す族長がかわいい。
| 自らの犯した罪におののく宣教師 |
薔薇を身にまとって現れる族長。事を終えて、その薔薇にまみれて起き上がる宣教師……とか、その描写、映像的に美しすぎませんか……。
脚注
*1
- 英語版 Wikipedia からリンクしていたサイトのこのページ(http://emforster.de/hypertext/template.php3?t=ltcltc)を参照しました(2020年06月09日 閲覧)。フォースターに関するサイトですが、どのようなサイトなのかきちんと把握できていないため、リンク先の情報の閲覧に関しては自己責任でお願いします。
- この原文における冒頭一文の、『ゲイ短編小説集』における和訳(P.286):
愛が生まれた。森のどこかで。その愛の性格はただ時のみが決めうることだろう。
リンク
- 平凡社公式サイト:『ゲイ短編小説集』書籍情報ページ - https://www.heibonsha.co.jp/book/b160506.html(2020年06月09日 閲覧)
情報
This page was published on June 09, 2020.