序
――殺した。男は、ただ一言、そう言った。
五、六人はいたはずだ。隙間がないように見えるほど尋問室を埋める警官に、彼はしかし圧倒されるようすはない。
――全員殺したのか。
――そう、全員だ。おれがころした。
彼は、殺したのかどうかという質問には、はっきりとそうだと答えた。しかし、それ以外の多くの質問には黙り込む。殺しの経緯なども一切を口にしない。ほとほと困った我々が、中央に応援を要請し、来てくれた警官が尋問しても、それは変わりなかった。手を変え品を変え、どういった方向や角度から攻めようとも、要領を得ない。何日、何週と尋問を続けても、同じである。苛立ち殴られようとも、動じない。
だが唯一、誰かを庇っているのかと聞いたら、それはない、と言った。そしてお決まりの言葉を言う。
――おれがころした。
それは、まことに強固な意志である。彼の表情は凜としていて、話すとき、聞くときもまったく余所見することなく、相手に目を澄ましている。長時間の尋問をしても変わらぬので、こちらは嫌に圧倒された。私も例外ではない。どの警官を見ても、こいつはなんだと、困惑し、恐れ、不気味に感じる心を抱いたようすがうかがえた。
捜査しようにも、早々に壁に突き当たっている。
村人の証言では、殺された一家と親しくしていたようすを見ており、また村人たち自身も男とは親しくしたが、男についてくわしいことは何も分からないという。素性を知る者はなく、どこからやってきたのか知る者もない。いつからいたのだろうとすら言う者もいたほどだ。そのため、男の身元は分からなかった。
もちろん男は何も言わない。部屋を調べたが、何も出てこない。実際、彼の部屋は文字通り「何もない」のだ。事を起こす前に、すべてを処分したのかもしれない。男は、殺しをおこなっても逃げることなく、真っ先に駐在所へやってきたのだ。駐在所にいた警官と彼は、顔見知りだった。
――どうなさったんです、こんな夜中に。
――あの一家を殺した。
警官は初め、冗談だろうと笑った。しかし、よくよく見ると、着物には血がおおく染み込み、彼の足や腕にもこびり付いていた。そのうえ、彼は斧を持っていた。当然それにも血が付着している。
男は、斧と鉈で一家を殺したのだった。多くの遺体は、むごたらしく何度も殴打され、顔では誰なのか判別がつかない者もあった。
――こう長く捜査することは時間の無駄だ。
あるとき、中央から来ていた警官が言った。
――は、しかし、まだ何も分かっておりません。
私はこう言ったが、たしかに彼の言うとおり、これ以上調べてもどうしようもないような気はしていた。話さないし、過去を調べようにも何も出てこない。村人の証言も大して取れない。手も足も出ないように思う。
――せっかく名乗り出ておるやつがいるのだ。これでいいだろう。送ってしまえ。
送検されることを知らされても、男は微動だにしなかった。
男は、我々の予想通りに、死刑判決を受けた。それでも男は何も言わず、表情を変えることもなかった。
この男のことは、何年も経った今でも、鮮烈に覚えている。それほどに印象的だったのだ。
時が経ち、彼は、先月ついに刑を執行された。私の知り合いにそれに携わった者がいたが、彼に興味深いことを聞いた。
彼はやはり、刑執行の場へ連行されるのにも、一切動じることはなく、恐怖する様子も見られず、平然としていたという。何か言い残すことはないかと問われても、一言も発しない。だが、死ぬ間際のこと、微笑むのが見えたらしいのだ。
――微笑んだ。
――そう。服役しているときも、表情を変えるところを見たことがないというのに、だ。最期の最期で、なんとも満足げに、こう、口角を上げて、にやりと微笑んだのだよ。
(2019年1月2日)
更新履歴
2019/01/02|展示