スキップしてメイン コンテンツに移動

planetarium

気になる女の子とプラネタリウムに行く男の子の話。
もともとあったプロットに、だいぶ時間を置いて手を掛けたりしたので、矛盾点があるかもしれませんし、ただ冗長になっただけのような感じもしてしまいます…X(
いつか手直しするかなにかするとおもいます。

planetarium

午前10時。待ち合わせの時間きっかりだ。けれどキミは、顔を合わせた途端、眉を吊り上げて言った。
「待ちくたびれたわよ」
戸惑い、尋ねる僕。
「待ち合わせは10時じゃ……」
「確かにそうね。でも私は10分前から此処にいるの。待ったことには変わりないわ」
そんな無茶な。そう思ったが、口にしない。僕がもう言い返せなくなるような反論で切り返されるのがオチだ。
「学校でも習ったでしょう、5分とか、10分前行動というものを。それでなくとも、責めて5分前には来るべきよ。誘ったのはそちらなんだから」
この通り、何も言わなくても文句は言われるのである。
「はい、仰る通りです……」
言っていることは納得出来る。一瞬、理不尽だと思うものの、此方に非が在ると言えば確かにそうだ。それに僕は、彼女がこういう性分の人だというのも知っていた。
「……まあ、良いわ」
溜息を吐く彼女。ああ、早速怒らせてしまっただろうか、落胆させてしまっただろうか。幸先が悪いなあ……。
僕があれこれ考えを巡らせて冷や冷やしていると、彼女は柔らかな微笑みを浮かべて言った。
「ええと、まず……今日は誘ってくれてありがとう。私、プラネタリウムがとても好きだから、嬉しいわ」
キミがプラネタリウムを見ることが好きなのは、知っている。だからチケットを取って誘ったのだ。学校外で、キミと二人きりで話す時間が欲しかった……そんなこと、まだ言える自信は無い。
初めから失敗してしまったけれど、彼女のその笑顔を見ることが出来ただけで、救われた気持ちになる。勿論、反省はすべきだが。
「此処にいてもなんだし、早速行きましょ。折角のお出掛けなんだし、楽しみましょうね」
そうだ、今日はデート─―いや実際は付き合ってすらいないし違うのだが、それは置いておく─―なのだ。それなのに、最初からこの調子でどうする。今日は僕がリードして、彼女に楽しんで貰いたい。彼女に良いところを見せたい。……しかし、彼女はこんな僕の誘いを何故受けてくれたのだろうか。プラネタリウムを見に行こうと誘ったら、すぐに了承を得られた。クラスメイトで面識があるとはいえ、あまり親しくも無い男と二人きりでプラネタリウムだなんて、普通は行かない……はずだ。
「何してるの? プラネタリウムがまだ始まらないなら、何処か違う場所で時間を潰しましょうよ」
「う、うん……そうだね」
これも知っていたことだが、本当に彼女は行動派だ。僕から誘ったというのに、既に彼女が先導するようになっている。実に情けない。このまま彼女に手を引かれるままに終わるのか? 何とかしなければ……。
そう何度反省しても、なかなか上手くいかないものだ。
何処とも無く歩き始めて五分。会話が無い。彼女にしても大丈夫な話題だろうか、彼女は何に興味があるのだろうか、などと延々考えれば考えるほど、話す切っ掛けを見失う。話しかける勇気が、段々と萎んでいくのが分かる。
「ねえ」
彼女が、周囲をきょろきょろと見回しながら、口を開いた。
「貴方は、この辺りによく来るの?」
「えっと……うん、たまにだけど。この近くに姉が一人暮らししていて、遊びにくることがあるんだ」
辿々しく答えると、彼女は何度か頷きながら
「そう。納得したわ」
と言った。ふと僕の方を見、続ける。
「貴方ずっと、足取りがしっかりしていたから。私は、このあたりは来たことが無いの」
「そうなんだ」
その割には、僕よりもしっかりした歩調だったような気がするけれど。
「だから、貴方を頼りにしているからね」
彼女は柔らかく微笑み、また違う方に興味を向けた。視線の先にはファミリーレストランがある。
「そこで一服しましょうか。プラネタリウムが始まるのって、あと一時間ほどしたらでしょう? だからついでに、早いけど昼食も済ませましょうか」
僕の返事を待たずに、ずんずんと進み始める彼女。ああ、またしても彼女に先手を取られてしまった。彼女は決断も早い。
でも、さっき言っていたのって。必死に彼女に付いていきながら考える。「頼りにしている」というのは、僕を、励ますために? 僕の考えていることに、彼女は気が付いていた? いや、そんなのは思い上がりだ。もし気付いていたとしても、彼女が僕をそこまで気遣ってくれるなんて。
レストランに入ると、席に着いて、注文を済ませる。彼女はバニラアイスと生クリームが乗った二枚重ねのパンケーキと、ミルクティ。僕はナポリタンスパゲティとメロンソーダ。
「ご注文のミルクティとメロンソーダです」
直ぐに飲み物が来る。僕等は矢張り無言で、各々の飲み物に口を付けつつ、彼女はぼうっと外の雑踏を見つめており、僕はプラネタリウムのチケットを取り出して、それを眺めるだけ。折角彼女と居るというのに、なんと無為な時間だろう。
彼女は同級生で、僕が属するクラスの委員長を務めるしっかり者だ。完璧主義が疑われるところがあって、時間には余程のことが無ければ正確。何事にも真剣に取り組める彼女は実際に完璧、或いはそれに近い形で物事を成し遂げる。だから友人やクラスメイトだけでなく先生たちにも信頼されていて、高評価を得ているようだ。僕もそういうところを尊敬しており、よく助けられている。
でも僕は知っていた。彼女は完璧を目指すが故に、人知れず悩んでいるのだ。そんな彼女を見掛けたことがある。そのとき僕と彼女は、一度だけ会話を交わしたのだ。いや、とても会話……とは言えない、挨拶のような、ただ一言だけを交わした。あのような数秒程度の出来事など、彼女はきっと忘れているだろう。だが僕は、その数秒が忘れられない。周囲には見せない、彼女の深いところにある一面を見てしまったから。その出来事は、しばらく前……恐らく、一年ほど前のことだ。去年も彼女は学級委員長を務めていた。そのころは僕と彼女は異なるクラスに所属していて、僕は噂に聞く程度で彼女をあまり知らなかったし、僕はあまり噂の立つような、目立つ者では無いから、彼女は僕を知りもしなかったと思う。僕にとって彼女は遠く離れたところに煌めく、その実態も簡単には深く知り得ない惑星のように手の届かない存在で、彼女にとって僕は存在しないも同然だった。
だがそんな僕と彼女が今、向かい合って食事を共にしようとしているのだ。その事実、現実について考えていると、これはもしや夢なのでは無いだろうかと思ってしまう。
少しすると、順々に料理が来た。二人のものが揃ってから、いただきますと言い、食べ始める。
「ねえ、一つ、聞いても良いかしら?」
フォークにスパゲティを巻きつけていると、彼女が言った。
「何?」
「貴方が今日、私を誘ったのって……先約のキャンセルがあったから? それとも、最初から私を?」
「えっ……と……」
それは、パンケーキを切り分け、口に運びながらの、不意に聞いてみるというような口ぶりでの尋ね方だった。思いがけないことに、どう答えたら良いものか迷ううち、みるみる顔が熱くなるのを感じ、もうすぐ昼時という頃で騒がしい店内の音が遠ざかっていくような感覚を覚える。
彼女は切り分けられたパンケーキを蜂蜜に絡めて一つ口に運び、僅かに咀嚼すると、フォークとナイフを皿に掛けて置いた。そして、答えられずにいる僕を、じっと見つめる。貫くような視線。僕は彼女の顔を直視出来なくて、窓のある方へ目を逸らした。そのまま、数十秒ほどはそうしていたと思う。いや、数分だったのかもしれない。彼女がまた、口を開く。
「貴方も何か、私に聞きたいことがあるんでしょう」
僕は驚いて、彼女を見た。僕が答えないから、諦めたのだろうか。
しかし、尋ねてみたいことがあるのは確かだ。何故それが分かったのだろう……。時々、僕の心は彼女に見透かされているのではないかと思い、どきどきする。
僕は、メロンソーダを一口飲んで、一息吐いてから告げた。緊張して、背中や首、手の平に汗をかいている。
「キミが今日、僕の誘いに応じてくれたのは……プラネタリウムに釣られた……だけ?」
彼女は僕の問いをこちらをじっと見据えて最後まで聞いていたが、視線を落とすとカップを持ち、ミルクティを口に含んだ。
再び沈黙が訪れる。緊張で酷く喉が渇く。またメロンソーダを飲み、一息吐いた。
「ふふっ」
カップを静かに置くと、彼女は突如笑いをこぼした。
「違うわよ」
笑いを堪えながら言う。
「幾らプラネタリウムが好きだからって、無差別に誘いに乗るわけが無いでしょう」
彼女のその答えは、つまり、僕の誘いだから来たということになる……のだろうか。いや、いやいやいや、そうやって直ぐにポジティブに考えてしまうのは悪い癖だぞ。同級生で顔見知りだから大丈夫だろうということかもしれないじゃないか。
「それで? 私は貴方の質問に答えたというのに、私の質問に答えてくれないのは、とっても理不尽じゃないかしらと思うの」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女が言った。もしかして、それが狙いだったのだろうか……。
「さあ、答えてちょうだい」
楽しげに言う彼女。逃げることは出来そうも無い。はぐらかす、なんて僕には出来ないし、彼女に勝てる自信も無い……。万事休す。
「そ、それは……」
再び、顔が熱くなっていくのを感じた。彼女は視線を皿に移してナイフとフォークを手に持ち、小さく鼻歌を歌いながら、食事を再開している。
「キミはもう答えが分かっているよね……? からかってる?」
「ええ、でもからかうつもりは無いの。答えを貴方の口から聞きたいだけ」
彼女は微笑みを崩さない。僕は意を決する。
「僕がキミを誘ったのは……最初だよ」
彼女の質問に答えてしまっては、もう後には引けない。これで、僕は “彼女と” 出掛けたくてプラネタリウムのチケットを取ったということが公になった。ばくばくと動悸がして、また額に汗が滲む。
「そう……なのね」
彼女はそう相槌を打つだけ。僕は恥ずかしさと彼女の反応を窺うことの恐ろしさで、彼女のそのときの表情を見ることは出来なかった。
その後、僕と彼女は会話を交わさずに食事を終える。勿論、支払いは僕だ。僕が纏めて支払い店を出ると、彼女は割り勘にしようと言ってくれたが、今回誘ったのは僕だし、これくらいは、と断った。
プラネタリウムが始まるまで、あと十五分。徒歩で向かっても、丁度良い時間に着けるだろう。
「いよいよね。楽しみだわ!」
弾むような足取りで歩く彼女。学校では見ることの出来ない姿だった。規律正しくて、状況を静観する立場になることの多い彼女だ、このようにはしゃいだりしている無防備な感じのする姿はあまり表に出さない。そんな彼女を隣で見ていられる幸福。同時に、プラネタリウムに誘って良かった、あのときに勇気を出して良かった、と過去の自分に心中で感謝した。
目的地に着き、ドームに入場すると、数分してプラネタリウムの上映が始まった。動揺することはあったものの、進みは順調。隣で彼女は目を輝かせて上映されている映像を見ている。それだけでも僕は満足だ。
当然上映も疎らに見たが、プラネタリウムどころでは無く、正直言うとあまり内容はしっかりと覚えていない。元々天体について詳しいわけでは無いせいもあるだろうが、それ以上に、彼女の表情を盗み見たりしていたからだろう。
それから、もう一つ。彼女に告白をするかどうか。答えとしては、する……つもり、だが、告白するときにどういった言葉を述べるか、頭を悩ませていた。好きです、というのは余りにもストレート過ぎて、面白味が無いような気がするし……。かといって、僕が小洒落たことなど言えるはずも無い。もし断られたら、という不安もある。
プラネタリウムが終了し、僕等は帰路につく。途中、公園に立ち寄った。ベンチに二人腰掛ける。暫し沈黙が続く。僕は遊具で遊ぶ子供たちをぼうっと目で追い、彼女は余韻に浸るようにチケットの半券を見つめ、口元を綻ばせていた。
「私、美術部に所属してるの」
彼女は少し声のトーンを下げて話し始めた。
「今度コンクールがあってね。それに応募する作品を描いていて……だから最近、あまりこうして上映を見ることが出来ないでいたの。天体の本を読んだりするのも好きだけど、でもやっぱりそれだけじゃ物足りなくて」
僕に目を向ける。
「今日はとてもリラックス出来たわ。ありがとう」
嫣然(えんぜん)とする彼女に早鐘を打つ心臓。今、言うべきだ。言うべき。言うんだ。
「あの……」
僕はおずおずと表白した。
「ん?」
僕は言葉を飾れない。洒落た言い回しも出来ない。だからもう、ストレートに言おう。それが自分の気持ちを伝えるには最適だ。
「僕は、キミのことが好きなんだ」
彼女は視線を落とす。僕も彼女から視線を逸らした。
「……ごめんね」
その一言を聞いた瞬間、身体が燃えるように熱くなる。失敗した? 断られた? 不安と恥ずかしさで絶望的な気持ちになり、唇を噛み締める。
「私、もう貴方の気持ちには気付いていたわ」
しかしその後、予想外のことを言ったので、僕は思わず彼女を見て呆然とした。
「え……?」
「気付いていた上で、この誘いに乗ったの。もし貴方がそう言ってくれなかったとしたら、私から伝えようと思ってた。……ありがとう、気持ちを伝えてくれて」
彼女は何と言っている? 断られたわけじゃないのか? 混乱して考えが纏まらず、何も言葉に出来ない。
「私も貴方が好き」
僕を見て、顔を赤らめながら笑みをこぼす彼女。
「あら……ど、どうしたの?」
彼女がおろおろしながら言う。緊張が解けたのか、いつの間にか僕の目からは、涙がはらはらと落ちていた。顔を伏せる。
「や……やだなあ、僕、泣くなんて。恥ずかしい」
涙を拭いながら、震える声で何とか言う。
「最初に謝るから、断られたのかと思ったよ……」
「ああ、そうよね……。突然謝るなんて。私の話し方が悪かったわ」
「でも……どうして僕のことを……。ほとんど会話も付き合いも無いクラスメイトなのに」
涙が止まり、拭い終えた僕は、再び彼女を見た。
「それを言うなら、貴方も同じじゃない。私なんて、ほとんど会話も付き合いも無いクラスメイトでしょう」
「それはそうだけど……キミは学級委員長だし、目立つだろう。去年はクラスが違うし、僕は目立たないし、噂の立つようなやつじゃないし……僕が一方的にキミを知っているのだと思ってた」
僕が言い終えると彼女は黙り込む。が、ふと話し始めた。
「貴方は覚えてる? いえ、忘れてるかしら。あの日のこと」
彼女の言わんとしていることは、なんとなく察しがついた。去年のあの日、あの数秒の出来事のことだろう。彼女は覚えていたんだ。
「……うん、覚えてるよ」
文化祭の準備で帰りが遅くなったあの日。もう日が落ち、楽しみにしていたテレビ番組が始まってしまうからと自転車を軽快に走らせていると、通学路途中でいつも傍を通る公園を通り掛かり、ふと視線をそちらに向けた。ベンチに誰かが一人座っている。目を凝らすと、セーラー服を着た、腰まである長い黒髪女の子だった。僕の通う学校の女子生徒たちのものと同じデザイン。街灯で微かに照らされる公園のベンチに腰掛けて顔を伏せている。
公園の入口に行ってみると、自転車が一台置いてあった。その隣に僕の自転車を留め、名前の書かれたシールを貼る決まりになっているからそれがあるだろう、とその箇所を見る。彼女の名前が書かれていた。
何故そのとき、そういう行動に出たのか、自分でもよく分からない。けれど僕は、公園に踏み出していた。彼女が腰掛けるベンチに近付く。
「どうしたの?」
僕の声に驚いて勢い良く顔を上げる彼女。その目には涙が溜まっていた。
「だっ……大丈夫?」
「い、いえ、何でも……何でもありません。ごめんなさいっ!」
彼女は逃げるようにその場を去り、公園を出て、自転車に乗って行ってしまった。
それ以来、今日まで、事務的なもの以外の会話を交わした記憶は無い。事務的なものですら少ないが。
僕は彼女のことが気になって、偶に目で追うようになった。彼女の下校時刻に合わせて帰ってみたこともある。そうするうち、彼女の本当の姿が見えてきた。みんなの前では気丈に振る舞う。でも影では時々、つらそうな、悲しげな表情を見せることがあった。
完璧で、しっかり者で、頼りになる。それが彼女に対するイメージと評判。そのイメージ、評判を崩さないために、彼女は一人で、常に奮闘していた。
「そのときの公園が、此処よね……」
彼女は懐かしむように目の前の景色を眺める。
「あのときは、まさか誰かに見られているなんて思わなくて。しかも近付いて来るなんて……びっくりしちゃった。それで逃げて……心配してくれたのに、ごめんね」
「ううん。あのときは、仕方無いよ」
「悪いことをしてしまったなって、あのときのことがどうしても忘れられなかった……。次の日に貴方を見掛けて、昨日の男の子だって思って、それからはずっと謝る機会を窺って、こっそり見たりしてたの。覚えていないかもしれないとは思ったけどね」
今年同じクラスになる前から、僕のことを彼女は知っていたんだ。
「私が一人で何かを運んでいるときとか、手伝ってくれたこともあったでしょ?」
僕が頷くと、彼女は続ける。
「でも緊張して何も話せなくて。そういうことが何度かあるうち、あるとき、段々好きになっていることに気付いたの」
「僕も同じだよ。僕もキミのことが、それ以来気になっていた……手伝うよと言うのすら、とても緊張して、それだけで終わってしまって」
頭を掻きながら言うと、彼女はくすくすと笑った。
「なんだ、私たち、ずっとお互いに意識し合ってたのね」
僕もつられて笑う。
「でも、今日誘ってくれたお陰で、こんなに話せるようになっちゃった。気持ちも伝えられた。ありがとう」
立ち上がり、振り向きざまに言う。
「また明日、学校で! これからは、もっとお話しましょうね」
彼女は手を振りながら歩き始める。
「うん、また明日!」
手を振り返す。彼女との距離が、ぐっと近付いた。普段見られない、彼女の姿を沢山見ることが出来たのだ。その満足感と嬉しさで、胸がいっぱいだった。明日からのことを思うと、ますます心躍る。
立ち上がり、切っ掛けのあの日と今日の出来事を想いながら、のんびりと公園を出た。

(完結)(2017年12月26日)